2026年10月1日から、カスタマーハラスメント対策が事業主の義務となりました。この記事では、クリニックの院長・事務長・看護師長が確認したい基本事項を整理します。
医療現場では、患者さんやご家族の不安・痛み・焦りに寄り添うことが大切です。一方で、暴言、威圧、長時間の拘束、過度な要求まで「患者さんだから仕方がない」と個人の我慢で受け止め続けることは、職員の安全や就業環境を損ねます。
法律の解説だけで終わらせず、受付・看護師・医療スタッフが現場で迷わないための「線引き」と「共有」の考え方まで扱います。
2026年10月1日、カスハラ対策は「現場任せ」ではなく組織の課題になった
厚生労働省は、2026年10月1日からカスタマーハラスメント対策が義務化されたことを案内し、事業主に対して改正法や指針に沿った対応を求めています。施行に合わせて、措置義務に関するQ&Aや事業主向けパンフレットも公開されているため、クリニックでは院内ルールを作って終わりにせず、最新の公式資料に照らして定期的に見直すことが重要です。
特に、方針の明確化、相談体制、発生時の事実確認と被害職員への配慮、悪質事案への対処方針、相談者のプライバシー保護と不利益取扱いの禁止は、施行後に「実際に運用できる状態」まで落とし込めているかを確認したい項目です。
日本看護協会も、看護職への暴言・暴力・ハラスメントを重要な労働環境上の課題として取り上げています。2026年10月1日には、看護職への暴言・暴力・ハラスメントに関する会長メッセージを公開し、同日、厚生労働省委託事業として医療従事者向けのカスタマーハラスメント実態調査への協力も呼びかけています。医療機関にとってカスハラ対策は、単なるクレーム対応ではなく、職員が安全に働き続けられる環境づくりの一部です。
重要なのは、「患者対応を丁寧にすること」と「不適切な言動を無制限に受け入れること」は同じではない、という整理です。
クリニックが確認すべき7項目
1.院内の「カスハラ」の判断基準を言葉にしているか
最初に必要なのは、何をカスハラとして扱うのかを職員が共通認識として持つことです。正当な意見や要望まで拒絶するのではなく、要求内容、言動の手段、継続時間、威圧性、業務への影響などを複数の視点から判断します。
- 大声・侮辱・人格否定が続く
- 同じ要求を長時間、繰り返し続ける
- 職員個人への執拗な接触や指名を求める
- 診療や業務の妨げになる居座りを続ける
- インターネットやSNSで職員個人を攻撃する
こうした場面で受付担当者一人に判断を背負わせないことが重要です。
2.「誰に報告するか」が30秒で分かる状態になっているか

マニュアルがあっても、現場で使えなければ意味がありません。受付、看護師、医療事務など、それぞれが「この段階になったら誰を呼ぶか」を即座に判断できる設計にします。
| 状況 | 一次対応 | 次の判断者 |
|---|---|---|
| 強い不満・苦情 | 傾聴し事実確認 | 担当責任者 |
| 暴言・威圧が継続 | 一人対応をやめる | 事務長・看護師長等 |
| 安全上の危険 | 距離を取り安全確保 | 院長・管理責任者等 |
実際の役職や連絡基準は、各医療機関の体制と専門家の助言に合わせて定めてください。
3.受付・看護師・医師で対応がバラバラになっていないか

患者さんへの説明がスタッフごとに違うと、「前の人は対応してくれた」「なぜ今回はだめなのか」という新たな不満を生みます。
大切なのは、個人の接遇力だけではなく、組織として同じ基準を共有することです。特に、予約時間、待ち時間、電話対応、面会、診断書・書類、診療外の要求など、トラブルが起こりやすい場面は事前に言葉をそろえておきます。
患者さんとの信頼を築くコミュニケーションについては、「看護に必要なホスピタリティ|信頼を築くコミュニケーションスキルとは」でも詳しく解説しています。
4.「傾聴」と「線引き」を両立できているか
カスハラ対策という言葉だけが先行すると、患者さんの訴えに耳を傾けなくなる危険があります。反対に、ホスピタリティを「何でも受け入れること」と解釈すると、職員が疲弊します。
まず相手の不安や困りごとを聞く。そのうえで、できること、できないこと、次に取れる選択肢を落ち着いて伝える。この順番が大切です。
優しさと線引きは対立しません。職員を守る線引きがあるからこそ、必要な患者さんに安定した対応を続けられます。
5.対応記録を残す仕組みがあるか
トラブル対応を担当者の記憶だけに残すと、次回の来院時に同じことが繰り返されます。日時、場所、相手の言動、職員の対応、同席者、業務への影響、管理者判断などを記録できる様式を用意しておくと、組織として振り返りやすくなります。
記録は「誰が悪かったか」を決めるためではなく、次回の対応を安定させるための材料です。
6.研修が「接遇マナー」だけで終わっていないか

医療接遇研修では、言葉遣いや表情だけを扱っても、カスハラ場面への対応力は十分に育ちません。
現場研修では、待ち時間への強い不満、受付スタッフへの執拗な要求、家族からの繰り返し説明、正当な苦情と過度な要求の切り分け、一人対応から複数対応へ切り替えるタイミングなどを題材に、ケース検討やロールプレイを行う方法があります。
医療現場では、コミュニケーションミスそのものが不満を増幅させることもあります。情報共有の基本は「コミュニケーションミスの原因と解決策」も参考にしてください。
7.対応した職員を一人にしていないか

強い暴言や威圧を受けた直後、職員が平然としているように見えても、心理的な負担が残っていることがあります。
対応後に管理者が声をかける、業務を一時的に交代する、相談しやすい窓口を明確にするなど、「対応後のケア」まで仕組みに含める必要があります。
カスハラ対策は、トラブルをゼロにするためだけのものではありません。トラブルが起きたときに、職員を孤立させない組織をつくるための取り組みでもあります。職員保護、相談体制、管理者支援を看護職の定着までつなげて考える場合は、「看護師の離職防止」も参考にしてください。
受付・看護師が迷わないための「伝え方」の例
カスハラ対応では、強く言い返すことでも、何でも受け入れることでもなく、相手の困りごとを確認したうえで、できること・できないこと・次の選択肢を短く伝えることが重要です。以下は院内でロールプレイを行う際のたたき台です。実際の表現は、自院の方針や患者さんの状態、緊急性に応じて調整してください。
| 場面 | 避けたい対応 | 伝え方の例 |
|---|---|---|
| 待ち時間への強い不満 | 「仕方ありません」とだけ返す | 「お待たせして申し訳ありません。現在の状況を確認し、見込み時間をお伝えします」 |
| 同じ要求が繰り返される | 担当者が延々と一人で対応する | 「ご要望は確認しました。これ以上は私だけで判断できないため、責任者に引き継ぎます」 |
| 暴言・威圧が続く | 我慢して対応を続ける | 「ご不満は伺いますが、職員への暴言が続く場合はこのまま対応を続けることができません。責任者と一緒に対応します」 |
| 対応できない要求 | 曖昧に期待を持たせる | 「そのご要望には対応できません。一方で、こちらの方法であればご案内できます」 |
表現を丸暗記するのではなく、受付・看護師・医師・事務職で「どの段階で責任者へ引き継ぐか」「どの言葉まで共通化するか」を決めておくと、対応のばらつきを減らせます。
カスハラを起こさせないための「予防接遇」も整える
カスハラ対策は、発生後の対応だけではありません。待ち時間や受付ルール、対応可能な範囲が分からないまま患者さんの不安が大きくなると、説明不足が不満を増幅させることがあります。正当な苦情までカスハラ扱いしないためにも、日常の案内を整えておくことが大切です。
- 待ち時間:遅れが生じた時点で見込み時間や理由を短く案内する
- 受付ルール:予約、電話、書類、面会など「できること・できないこと」を職員間で統一する
- 引き継ぎ:不満が強くなる前に、担当者から責任者へ切り替える基準を決める
「丁寧に説明すること」と「過度な要求を受け入れること」は別です。予防の接遇と、必要な場面での線引きをセットで設計すると、患者対応の質と職員保護を両立しやすくなります。
受付で迷わない「30秒判断フロー」を決めておく
厚生労働省は、カスハラへの対処内容をあらかじめ定め、労働者へ周知することを求めています。クリニックでは長いマニュアルだけでなく、受付や看護師がその場で判断できる短い流れにしておくと実行しやすくなります。
- まず緊急性を確認する:患者さんの状態に医療上の緊急性がある場合は、安全確保と必要な診療対応を優先します。
- 正当な苦情・要望かを確認する:待ち時間や説明不足など改善すべき点があれば、事実確認と説明を行います。
- 暴言・威圧・長時間拘束などが続く場合は一人対応をやめる:あらかじめ決めた責任者へ引き継ぎ、組織対応へ切り替えます。
- 安全上の危険がある場合は安全確保を優先する:院内方針に沿って距離を取り、必要に応じて警察・専門家等への相談を検討します。
ポイントは、受付担当者に「カスハラかどうかの最終判断」まで背負わせないことです。現場は初動と引き継ぎに集中し、最終判断は院長・事務長・看護師長など、あらかじめ定めた責任者が行う形にします。
施行後1週間で確認したい実務対応
| 確認項目 | 院内で確認すること |
|---|---|
| 方針 | 院長名の方針が文書化され、常勤・非常勤を含む全職員に周知されているか |
| 相談体制 | 受付や看護師が迷ったときに、誰へ・どの段階で報告するかが明確か |
| 初動 | 暴言・威圧・居座り等が起きた際に、一人対応から複数対応へ切り替える基準があるか |
| 記録 | 日時、言動、対応、同席者、管理者判断を残せる書式があるか |
| 職員保護 | 対応後の声かけ、業務交代、相談先など被害職員へのフォローが決まっているか |
| 見直し | 厚生労働省のQ&A・指針・パンフレットの更新を確認する担当者が決まっているか |
施行直後は「マニュアルがあるか」よりも、職員がその場で使えるかを確認することが重要です。朝礼や短時間のケース共有で一度動きを確かめ、迷った点をその日のうちに院内ルールへ反映すると、形だけの対策になりにくくなります。
院長・事務長向けチェックリスト
- □ 院内方針が文書化されている
- □ 相談・報告ルートが全職員に共有されている
- □ 受付が一人で抱え込まないルールがある
- □ 対応記録の書式がある
- □ 正当な苦情と不当な言動を区別する基準がある
- □ 管理者への引き継ぎ基準がある
- □ ケース別のロールプレイを行っている
- □ 対応後の職員フォローが決まっている
- □ パート・非常勤職員にも方針を周知している
- □ 制度や指針の最新情報を定期的に確認している
医療機関特有の論点|応召義務とカスハラ対策はどう考えるか
クリニックでは、カスハラ対策を考える際に「患者さんへの診療を断ってよいのか」という不安が生まれます。医師法第19条第1項はいわゆる応召義務を定めており、厚生労働省は、診察治療の求めへの対応について、患者の緊急性や地域の医療提供体制、診療時間内外など個別の状況を踏まえて判断する考え方を示しています。
したがって、カスハラ対策の義務化は、医療機関が一律に診療を拒否できるようになったという意味ではありません。 一方で、暴力や脅迫など職員の安全を脅かす言動まで無制限に受け入れる必要があるという意味でもありません。診療継続が難しい事案では、患者の状態、安全確保、代替となる医療提供の可能性などを確認しながら、院内方針と専門家の助言に基づいて判断することが重要です。
厚生労働省の「応招義務をはじめとした診察治療の求めに対する適切な対応の在り方等について」も、院内方針を整理する際の参考になります。
よくある質問
患者さんからの強い苦情は、すべてカスハラですか?
いいえ。正当な意見・要望と、社会通念上許容される範囲を超えた言動は分けて考える必要があります。個別事案の法的判断は、厚生労働省の最新指針や専門家の助言を確認してください。
小規模クリニックでも対応が必要ですか?
厚生労働省は、2026年10月1日からカスタマーハラスメント対策が事業主に義務化されたと案内しています。小規模であっても、職員を雇用する医療機関は最新の制度内容を確認し、自院に必要な体制を整えることが重要です。
研修は一度実施すれば十分ですか?
一度聞いただけでは、実際の場面で行動に移しにくいものです。ケース検討、ロールプレイ、実際に起きた事例の振り返りを繰り返し、院内ルールを更新していく方が実践につながります。
まとめ|患者に寄り添うことと、職員を守ることを両立する
医療現場では、患者さんやご家族への配慮が欠かせません。しかし、その配慮を職員個人の我慢に置き換えてはいけません。
2026年10月1日の制度施行を機に、クリニックでは「誰が」「どの段階で」「どう対応するか」を改めて共有し、院長・事務長・看護師長・受付・医療スタッフが同じ基準で動ける状態をつくることが重要です。
岩城成弘への講演・研修では、医療・介護現場のコミュニケーション、ホスピタリティ、職場づくりを、現場で使える言葉とケースに落とし込んで考えます。テーマや人数がまだ決まっていない段階でも、課題整理からご相談いただけます。
参考情報
厚生労働省「あかるい職場応援団」改正労働施策総合推進法等特設ページ:公式情報を見る
厚生労働省「あかるい職場応援団」カスハラへの対応ルールのポイント:公式解説を見る
日本看護協会「看護現場におけるハラスメント対策」:公式情報を見る
厚生労働省「応招義務をはじめとした診察治療の求めに対する適切な対応の在り方等について」:公式通知を見る
※本記事は2026年10月5日時点の公表情報をもとに作成しています。個別事案の法的判断や就業規則等の整備については、厚生労働省の最新情報および弁護士・社会保険労務士等の専門家にご確認ください。

